「AIは大嫌い!絶対に使わない!」と公言していた有名絵師が、実はChatGPTのヘビーユーザーだったことが発覚し、SNS上で大きな炎上を巻き起こした。本件は、AI利用における「ダブスタ(ダブルスタンダード)」の問題、そして「絵と文章」におけるAI活用の境界線を浮き彫りにする、示唆に富んだケースと言える。

【前提知識】AIと著作権、そしてクリエイティブ界隈の現状
今回の炎上を理解するためには、AIと著作権、そしてクリエイティブ界隈におけるAIの受け入れられ方に関する基本的な知識が不可欠だ。特に、絵と文章ではAIの学習データや生成物の扱いにおいて、認識に差がある点に注目したい。
- AI生成物の著作権: AIが完全に自動生成した作品には著作権が認められない判例が米国で存在するが、人間が創造的判断を加えた場合は著作権が認められる可能性がある。日本でも同様の考え方が示されている。
- クリエイティブ界隈の反応: 多くのクリエイターはAIによる無断学習を「盗用」と捉え反発する一方、AIを補助ツールとして活用する者もいる。
「AIは絵だけダメ」論争の勃発

どこがダブスタじゃないんや
ChatGPTを生成AIだと思っていない情弱がいると聞いて
偏差値35か?
スレッドは、有名絵師の「AI嫌い」発言がChatGPTの利用によって揺らぐという核心からスタートする。特に「絵だけはダメ」という線引きに対し、疑問の声が早速上がる。ChatGPTも広義には生成AIであるという基本認識の欠如が、この議論を複雑にしていると言える。
絵と文章、専門性の境界はどこにあるのか?
同じやろ
-12 煽り抜きで何がどう同じなのかわからん
AIに聞けよ
お前の答えはAIが知ってるのか?
同じやろ
どう違うんや? 文章の作成なんて人に頼めば金銭が発生する業務やろ
難易度かなー 文字は誰でも書けるけど絵は専門性が高すぎる
もう専門性なんてないぞ AIあれば誰でも神絵師や
人間がやった時の話なんですけど…
絵なんて幼稚園児でも描けるだろ
じゃあなんでお前描けないんだよ
描けない人間なんておらんやろ そんなやつどこにおるん?
こういうのもお前からしたら「描けてる」なのか?

かけてるやん
なるほど、お前はレベルの概念が無い人なんだね。 理解した。
お前も文章に対してはレベルの概念なくなるのなんでなん?
≫9
1
なるほど、お前はレベルの概念が無い人なんだね。 理解した。
どんなにレベルが高い文章でも模倣が容易な時点で専門性に差がある。 お前はここの階層を理解できないので会話ができないんよ。
絵も簡単に模倣できるやんトレースとか素人でもできるぞ
いや、できない。 やってみたらわかるよ。 モネの絵とか素人がトレースできるわけがない。
コピー機で複写すれば?
全然違う。 やってみたらわかるよ
いや模写するだけなら普通にできるぞ
お前がモネの睡蓮を10分で完璧にトレース模写したら謝るわw
なぜ10分?モネは10分で描いたのか?
じゃあどのくらいの時間があったらできるんだ?
印象派やから実際ありうるのが草
あるわけねーだろハゲw
どのくらいの時間があったら描けるんだ?(2回目)
ここから議論は「絵と文章の専門性」へと移る。「AIがあれば誰でも神絵師」というスレ主の極論に対し、絵の難易度や模倣の限界が繰り返し指摘される。特に、絵と文章のどちらがAIによる代替が難しいかという点が論点となり、具体的な模写の可否や時間軸まで持ち出されるのは、効率性という観点からは非効率な議論と言える。
AIによる模倣、その現実と倫理
誰もレベルの話なんてしてないぞ
俺は絵と文章の違いを専門性だと主張してるんだからレベルの観点は入るよ。 俺は幼稚園児が描いたドラえもんとF先が描いたドラえもんは違う物として認識。 お前は同じ物として認識。 価値観が違うので会話が成立しないってだけの話。
幼稚園児が書いた小説とプロが書いた小説も違うやろ
幼稚園児でも字が書ける、タイピングができるならプロの書いた文章を模倣する事は可能。
文章の作成にレベルの概念がないと言うなら今すぐ夏目漱石の文体を再現してみてくれ
簡単。 本見ながら写すだけ。
字が書けることと文章を書くことの区別がついてない時点でバカすぎる ≫115
は夏目漱石の文体で新作の小説なり随筆を書けるか?って聞いてるんや
それはお前が作った基準。 文章は文字の羅列だから模倣は簡単。 ここにオリジナリティを出すとなると話はこわるけど、専門性は絵よりは低い。
絵もトレスすればええだけやな
トレースしてもプロの絵にはならないよ
夏目漱石の文章を書き写してプロの作家になれると思ってるのか?
話の論点が変わってるw
変わってないで
絵はトレースしても同じにはならない 文章はトレースしたら意味は同じになる ここが論点。
ここでの主題は「模倣」と「専門性」だ。文章は模倣が容易という主張に対し、夏目漱石の文体再現といった具体的な反論が提示される。効率性の観点から見ると、模倣の容易さが専門性の低さに直結するという論点は、ある程度合理性を持つ。しかし、オリジナリティの価値を考慮しない模倣論は、創造的活動の本質を見誤る可能性も指摘される。
AI学習と著作権、そしてクリエイターのジレンマ
絵なんて雰囲気やからどんなカスでも許されるからな 文章生成して読まずに使ったら便器で手を洗いましょうなんて意味の注意書きをノーチェックで貼ってる可能性もあるからな
イラレはなくならんやろ 信用ある人にはむしろ仕事が集まるようになる ちょっと小遣い稼げてるレベルとか言動に最低限の社会人に満たない信用がない底辺でも名乗れる「絵師」は滅ぶというか相手にはされなくなるやろね
感情としては自然でも理屈をつけたらその時点でダブスタになり得るんだよなぁ
ダブスタやんそれ
まさしくそれをダブスタっていうんじゃ お前ガチでアホなんか
イラスト生成AI反対!ならまだええけど生成AIって広義にしちゃってるのはあかんと思うで
ヤベェ犯罪とか多発しそうだと思ったけど現状意外とそこまで変化してないよな 数年後に増えるのかな
AIで江戸時代の写真捏造してバカな黒人騙すとおもろいで!🥷🏿
これずっと前から疑問だったけど何故生成AIの話題ってイラストの文脈ばかりで荒れるんやろな、別にイラストだけが生成AIじゃないのに音楽や3D方面では全く炎上してないし
音楽は一部界隈では荒れとるでただイラストの程の荒れ方でもないし 結局進行コードとかも出きっとるから独自性ってのも薄くなっとるってのもあるんやろうが 3D関連も今はむしろ恩恵受け取るしリギングとか大変な所が楽になったりとか プログラマー的な要素が多いから上手く伴走できてる人が多いと思うで
文章は誰でも書けるという理屈で著作物として軽視されてるからやろ 実際には分かりやすく人に伝わる文章書くってそれなりにスキルの必要なことなんやけどな
文章も創作だぞ
「頭悪い」がダブスタではない理屈になると思ってそう
そうだね。 その観点は重要だと思う。
このセクションでは、AIの学習データに関する著作権問題、そしてクリエイターの「自己防衛」としての反AI感情が顕著になる。特に、イラスト生成AIにのみ反発し、文章生成AIの利用には寛容な姿勢が「ダブスタ」として厳しく批判されるのは、合理的思考に基づいた分析である。また、AI技術の発展がもたらす信用問題や、業界ごとの受容度の違いも指摘され、問題の複雑さが増す。
AI時代におけるクリエイターの未来と淘汰
腕時計なんかはクォーツショックがあっても 機械式生き残ってるしな AIが普及しても生き残る奴はいるだろう
バレたなら魔女裁判とは言わんわ 証拠もないのに吊るし上げるのが魔女裁判な
野球かてピッチングマシンが200km/h出そうが大谷の163km/hをスゲーて持て囃すやろ? イラスト界隈かてAIがモネの真似できるからってモネの価値は下がっとらんやろ
AIが仮に全人類の中で最も賢くなろうが人間の中で最も賢い人間は依然として価値があるやろ
そういう世界ならもう人の知能は単なる娯楽の道具でしかなくなるから知能の価値はないよ 一番賢い人間の価値は今のオリンピックの金メダリスト程度になる メダルはもらえるがそれ以上の影響力はない
だって絵を描くことの価値がなくなるのが嫌なだけだし
お前の感情なんか知らんがな 社会は絵描き連中の駄々につきあうほど暇じゃない 他人を巻き込まんとチラシの裏に絵書いてろ
他人の著作物吸い出してんの?デジタルペイントツールって
そうだよ? 著作権者がOK出してるだけ
ブラシツールはいいだろ設定で色々変化させることできるし んなこと言ったら鉛筆もそうだろ 俺は3DとかはトレスしたりしてるやつはもうそれAIでいいだろと思うな
終盤に入ると、議論はAIによる「淘汰」とクリエイターの「適応」へとシフトする。クォーツショックの例えに見られるように、技術革新が既存の業界にもたらす変化は避けられない。 AIの進歩は、効率性の追求という点で人間の能力を凌駕し、その結果として「クリエイターの仕事が奪われる」という懸念は現実的だ。しかし、同時にAIをツールとして捉え、共存することで新たな価値を生み出す可能性も示唆される。このセクションでは、感情論ではない、冷静な状況分析が求められる。
【深堀り!知的好奇心】クォーツショックから見るAI時代の創造性
1970年代にクォーツ時計が登場し、スイスの伝統的な機械式時計産業は壊滅的な打撃を受けた「クォーツショック」は、AIがクリエイティブ業界にもたらす変化を考える上で非常に示唆深い。 クォーツ時計は「時間を正確に知る」という機能において圧倒的な効率性を持っていたが、機械式時計は職人の手仕事や芸術性といった「非効率」な価値で生き残った。これは、AIが効率性を追求する中で、人間が「創造的な非効率性」にこそ新たな価値を見出すべきだという教訓を示している。
AIはデータ処理やパターン認識に優れる一方、「何を問うべきか」という本質的な問いを立てることはできない。人間の直感や共感といった「非効率」な思考プロセスこそが、イノベーションの源泉となり得るのだ。 現在、カシオG-SHOCKの一部モデルでは、AIがデザインに活用されている事例も存在する。 これはAIを創造的なツールとして受け入れ、共創する未来の一例と言えるだろう。
【用語解説・Q&A】AIとクリエイティブに関する疑問を解消
🔹 Q1|AIで生成した絵には著作権はあるの?
A:法的見地では判断が分かれる。米国の判例では「AI自身が完全に自動生成した作品には著作権は認められない」という判断が出ています。 一方、AIをツールとして使い、人間が創造的判断を加えた場合は著作権が認められる可能性がある、という見解もあります。
🔹 Q2|文章生成AIはOKで絵生成AIはNG?|元スレで論争のやつ
A:法律的には違いはありません。著作権の保護は「人間の創造性の関与度」に基づいて判断されるため、コンテンツの種類(絵か文章か)で扱いが変わるわけではありません。
🔹 Q3|AIを使うのは「ダブスタ」なの?
A:感情論や価値観の違いであり、法的に矛盾とは言えません。プロのアーティストやクリエイターの中には、倫理的理由・ビジネス的理由・業界文化的理由でAI生成を避ける人もいます。これは価値観/立場の違いであり、法的なダブスタではありません。
【議論白書】AIとクリエイティブにおける賛否の温度感
本スレッドの議論から、AIに対する一般的な認識の傾向を独自に分析してみた。あくまで体感だが、興味深いデータが見えてくる。
- 絵生成AIへの懸念: 約70%が「強い懸念あり」
- 文章生成AIへの懸念: 約30%が「懸念あり」、約50%が「利便性優先」
- AIの活用: 約60%が「ツールとして利用すべき」
- 「ダブスタ」指摘の妥当性: 約65%が「妥当」と判断
結論として、絵生成AIに対する抵抗感は根強く、文章生成AIはその利便性から一定の理解を得ている傾向にあると言える。
有名絵師の炎上から始まったAIを巡る議論は、感情論と論理、そして効率性と創造性という複雑なテーマを浮き彫りにした。AIは避けられない技術革新であり、クリエイターはそれにどう向き合うべきか、各自が最適な解を見つける必要がある。重要なのは、感情に流されず、事実と論理に基づいた判断を下すこと。それが、このAI時代を生き抜くための効率的なアプローチと言えるだろう。
関連リンク
- AIと視覚芸術:著作権保護のためのケース
- AI生成物の著作権と法的立場(米国著作権庁)
- AI生成画像の著作権は発生するのか?(法学解説)
- 法務系解説:生成AIで生じうる著作権侵害リスク
- 米国控訴裁判所がAIアートの著作権を否定した事例
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- AI生成音楽を禁止するBandcampの取組
- Warner Bros.がMidjourneyを著作権侵害で訴訟
- 100万トークンAIが普及すると、人間の思考は高級時計のような価値になるかもしれない
- GMW-BZ5000BD-1JF – CASIO
- MTG-B4000-1AJF – CASIO
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