登山は楽しいけど、遭難すると捜索にヘリコプターが出動するなど、大きなお金と人手がかかる。家族は「どこで何をしているか分からない」状態が一番怖く、精神的に追い詰められる。だから「黙って行くな」と言われる。でも、すべてを報告するのは自由を奪われるようで辛い。このジレンマをどう解決するかが問題だ。
ソース: yamakei-online.com とか
家族に黙って山行くのは絶対ダメって言われて、結局山登りやめたらしい。
なんだこれ、登山ってそんなリスクあるの?死ぬことより家族の小言が怖いのか?
「家族に黙って山に行くのは絶対ダメ。遭難などのトラブルが発生した際、対応が遅れます。」
これ、原文の一部らしいな。要は「遅延」が問題ってことか。
壁っていうか、家族が『行方不明になる心理的負担』ってのがデカいらしいぞ。死んだと分かれば区切りもつけられるが、不明ってのがな。
ソースによると「家族が行方不明になるということの心理的な負担は非常に大きい」って書いてある。これは理解できるわ。
つまり、死ぬリスクよりも、生きてるのに連絡がつかない、どこにいるかも分からないってのが家族にとっては一番怖いんだな。精神的に追い詰められる。
当たり前だろ。山行くなら事前にルートと帰宅時間を報告するのが常識だわ。スマホのGPS共有とかもできる時代だぞ。それを面倒がってる時点で、お前の山行は自己中だし、家族への配慮が足りてない。
は?自己中って何だよ。登山は一人の時間が大事なんだよ。瞑想したり、自分と向き合ったり。家族に全部報告してたら自由がねえし、精神的な安寧が損なわれる。
自由と無責任を履き違えるな。捜索費用は税金だ。お前の自己満足で他人の金を使わせるな。遭難対策費用として納税してるわけじゃない。
お前ら、そんなに揉めるなら「家族を山に誘え」よ。ソースにも「山に行く何回かに1回は家族を誘って一緒に行きましょう」って書いてあるだろ。家族を味方につけるのが一番だ。
でも家族が山嫌いだったらどうすんだよ。無理やり連れて行くのは虐待だろ。それこそ家族との関係が壊れる原因になるわ。
結局は「機嫌取り」だな。下山後の温泉とか食事まで計画して、家族を買収するんだろ。それって純粋な趣味と言えるのか?
お前が「山に行く」のは自由だが、家族は「お前が無事かどうか」心配する自由もあるんだよ。その自由を無視する方がエゴだろ。
でも、説明しても理解してもらえないパターンもあるだろ。それが今回の「断念」のケースか。家族がリスクを許容しないと判断したら、もうどうしようもない。
でも、その結果「やめる」って決断。これ、結構辛い選択だよな。人生の大きな楽しみを諦めるって、想像以上に精神的なダメージが大きいだろ。
でも、ソースの「家族が行方不明になるということの心理的な負担は非常に大きい」って一文、本当に重すぎる。これは登山家側も真摯に受け止めるべきだ。
ここで考えたいのは「趣味を断念する」という選択肢の是非だ。自己責任論で片付けるのは簡単だが、社会全体で趣味の継続を支える仕組みが必要じゃないか?
そういう時は「ぼっち登山」じゃなくて、登山サークルに入れば良いんだよ。仲間がいれば連絡も行き渡るし、遭難時の初動も早くなる。家族以外のセーフティネットを作るんだ。
でも、このソースの中年登山家、結局「やめた」んだよな。そこに一種の美学を感じるわ。家族への愛を選んだってことだろ。
まとめると、山は楽しいけど、家族に迷惑かけるならやめとけって話だな。
ただし、工夫次第で続けられる可能性もある。
みんな、自分の家族と話し合って決めてくれ。
おわり。