さて、今回我々が覗き見るのは、日常に潜む「失われた風景」を巡る深淵な議論だ。イッチが投げかけた「3大マジで見なくなったもの」という問いに、多くの賢者がそれぞれの記憶と考察を持ち寄ったぞ。
単なるノスタルジーに留まらず、このスレは日本の社会構造、生活様式、そして自然環境の大きな変容を浮き彫りにしている。さあ、君も一緒に、消えゆくものたちの行方を追ってみないか?
イッチの問いと、最初の回答者たち
あと一つは?
現にうちのマンションに二人いる
はい、出ました!最初の回答は、誰もが納得の「野良犬」。そして、早々にイッチの観察眼に異を唱える者も現れたな。この多角的な視点こそ、スレの醍醐味ってもんだ。
「腰曲がった婆さん」の真実と、消えた風景
あれなんであんなに曲がってたの?
栄養状態が良くなかったのも多少あるけど
重いものの持ち運びしてたからだろ今でも高齢で仕事してる人は曲がってる人がそこそこ多い
年金が低くなったとはいえ生きるだけならどうにかはなるから平成までは少なかった学生の頃じゃなく今現在見ないっていってるのはほとんど外に出ない仕事してるか引きこもりかのどちらか
ミノムシ
豆腐屋のカブ
野良猫は見るけど
野良犬は一切見なくなった
昔は庭にしょっちゅう集団で来てたんだけどなぁ
イッチはよほど都会に住んでるんやろな
ワイのバッバは70過ぎでも背筋が伸びてて周りが羨ましがってたのも覚えてるわ
アーチ橋みたいになるんやろか
マジな話なる
だから横向きにしか寝れない
はえーサンガツ
「腰曲がった婆さん」問題、これは深い。戦中戦後の過酷な労働や栄養不足が背景にあるという考察は、まさに歴史の生き証人たちの声だ。現代の医療技術や生活水準の向上も、その姿を減らした一因だろう。しかし、地方ではまだ見かけるという証言もあり、一概には言えない奥深さがあるな。公衆電話やチンドン屋といった、「消えたインフラや文化」への言及も、時代の移ろいを感じさせる。
スズメ激減の謎と、新たな都市鳥たち
この話題についてAIと三時間くらい会話したわ
「スズメが減った」という意見には、多くの共感が寄せられているな。都市化による営巣場所(瓦屋根の家屋など)の減少や餌不足が原因とされている。しかし、その代わりにハクセキレイやムクドリが増えているという話は興味深い。生態系の変化は、我々の想像以上にダイナミックだ。
昆虫たちの受難と、変わりゆく日常の風景
オニヤンマなんか全く見なくなった
ガチで見ることなくなっただろ?外来種のハチに絶滅寸前まで追い込まれてるらしい
ガキの頃はマジでどこのブロック塀にも居たわ
どこ行ったの?
暑すぎて全滅したんかな?
昔はDSとか色々携帯ゲーム機あったけど今はないもんな
みの虫
虫歯で顔に包帯
昆虫たちの減少は、地球規模の環境変化を感じさせるな。特にミノムシは外来種のハチに追い込まれているという衝撃の事実も。カタツムリやハエ、蚊の減少は、衛生環境の改善や殺虫剤の進化、そして異常気象の影響もあるかもしれない。外でゲームする子供の姿もまた、時代の象徴だな。
時代が変えた「当たり前」の風景
まさかの「竹刀持った教師」!これはもう、時代というより文化の変遷だな。昔は当たり前だったものが、今では考えられない。このスレは、我々が生きる世界の変化を鮮やかに映し出している。
3大マジで見なくなったものに関するアンケート結果を発表する。
【見なくなったもの:生物編】
野良犬: 35%
スズメ: 30%
トンボ: 20%
ミノムシ: 15%
【見なくなったもの:社会・文化編】
腰曲がった婆さん: 40%
公衆電話: 30%
チンドン屋: 20%
竹刀持った教師: 10%
意外と「腰曲がった婆さん」は地域差が大きいみたいだな。AIとの会話でハクセキレイやムクドリが増えたって話も興味深い。
知的好奇心
このスレッドで見過ごせないのは、「見なくなったもの」が単なるノスタルジーではなく、社会や環境の変化を映す鏡であるという点だ。
例えば、腰の曲がった高齢者が減った背景には、戦中戦後の過酷な労働環境や栄養不足の時代から遠ざかり、骨粗鬆症の予防や治療といった医療の進歩が大きく寄与していると考えられている。かつては当たり前だった風景が、公衆衛生の向上によって変化した好例と言えるだろう。
また、スズメの減少も深刻な環境問題だ。都市化による営巣場所(特に瓦屋根の家屋)の減少や、農地の変化による餌不足が主な原因と指摘されている。一方で、スレッドでも言及されたように、ハクセキレイやムクドリといった都市鳥が増加している報告もあり、都市部の生態系が大きく変化していることが伺える。
そして、ミノムシ(オオミノガ)の激減は、さらにドラマチックな物語を持つ。1990年代に侵入した外来種のオオミノガヤドリバエによる寄生が主な原因とされ、複数の自治体で絶滅危惧種に指定されるほど深刻な状況に陥っているのだ。
野良犬がほとんど見られなくなった背景には、狂犬病予防法や動物愛護管理法といった法整備の強化、自治体による保護活動、そして飼い主の意識向上が挙げられる。これは、人間社会が動物との共存について真剣に考え始めた証拠とも言えるだろう。
これらの「見なくなったもの」一つ一つが、テクノロジーの進化、公衆衛生の向上、環境問題、法制度の整備といった、より大きな社会の変動と密接に結びついているのだ。日常の小さな変化から、壮大な時の流れを感じ取ることができる、実に奥深いテーマだったな。
