今回は、喪主を務めたイッチが日本の葬儀文化に疑問を投げかけるスレッドをまとめていくぞ。
お布施、戒名、法要…故人を偲ぶ気持ちはあれど、その費用やしきたりに戸惑う人は少なくないはずだ。
イッチの怒り、はたして共感できるのか…?みんなの反応を見ていこうか。
守銭奴のクソ坊主共頭おかしいわ
何でどいつもこいつも悲壮感漂わせてんねん
葬儀に「悲壮感」はいらない?
いきなりイッチの怒りが爆発してるな!「寺は残らず全て潰すべき」とは、中々インパクトのある言葉だ。
確かに、故人を偲ぶ気持ちと、宗教的な儀式や費用は切り離して考えたいという意見もわかる。サンバカーニバルで送ってほしいというレスには草生えるわwww
果たして、この怒りはどこまで共感を得られるのか?
葬儀屋に言うたらお別れ会とか偲ぶ会みたいな感じでやってくれる
墓地が寺だとそうはいかんからな
墓がもう不要まである
ホントに要らんから好きなように見送るなら寺介入させない方がいい
コロナ禍やったから家族だけやったけどお客さんや知り合いの店主が来て結局100人程来たわ🥴
寺との縁切り、そして葬儀費用150万円のリアル
「墓がもう不要」というイッチの主張は、現代社会の価値観を反映しているように感じるな。
そして、リアル喪主のレスは生々しい…葬儀会社に100万、お寺に50万って、改めて聞くとすごい金額だよな。コロナ禍でも結局100人来たというのも、体裁を気にする日本の文化が垣間見える。
この費用、果たして何のためなんだろうか?
↑これ論破してみ
葬儀は生きてる人間の自己満足
言うて弔ってもらいたいか?
樹木葬でエエわ
石屋にまでお車代だのお心付けだの気が狂ってるとしか思えんわ
法事滅べ
あれ一応戒名付けたから払うわけじゃなくて
信仰心から教団に寄付した返礼品的なものってことになってるから
マジでこれ
誰かがおかしいって言わない限り続くんやろな
葬儀は「生きてる人間の自己満足」?
「葬儀は生きてる人間の自己満足」…これは痛烈な一言だな。
戒名が「信仰心からの寄付の返礼品」という解説には、なるほどと思う反面、それが「同調圧力」によって高いと感じる金額を払わされている現状があるのかもしれないな。イッチの「法事滅べ」という叫び、わかりみが深い…
こんだけ墓仕舞いやら無縁墓も多いのにさ
高級霊園は数十年待ちとかやからな
一つのステータスになってるのもアカンな
金持っとるんが自分の使い道で予約する分にはエエんじゃない
墓もいらない?現代の死生観
「病院とか警察で廃棄されるでも全然いい」という意見には、思わず「そこまで!?」とツッコんでしまったが、それだけ現代人の死生観が多様化しているということだろう。
高級霊園がステータスになっているという指摘も、ハッとさせられるな。葬儀やお墓が、故人のためというより、残された人々の見栄や都合になっている側面は否定できないのかもしれない。
悲しんでるんじゃなくて笑いこらえてるんやぞワイは
こんな和牛焼肉屋みたいな時間あんの?
火葬マン「ここが喉仏、仏様がお座りになっているように見える事からそう名付けられたと聞いております…」箸で骨持つワイ「はい…(えっこの量全部迫真の表情で説明するつもりなんか?)」
途中で切り上げたけどマジやぞ
説明した後バキバキにするよな
ホウキとチリトリ出てきたの笑ったわ
火葬の電子レンジ感も相まって笑ってはいけない空間やった
あの瞬間おもろい
結構容赦なくバキバキやるよな
火葬場の「笑ってはいけない」時間
これはわかるマンwww 箸で骨を持つという儀式、その意味を考え出すとシュールだよな。
「和牛焼肉屋みたいな時間」とか、「火葬の電子レンジ感」とか、字面が強すぎるワードが飛び交ってるけど、笑ってはいけない空間で笑いをこらえるイッチの気持ち、わかりみが深い…
ホウキとチリトリは草。
はっきり言ってクソみたいな文化
悲しませる時間をつくらんようにみたいなのはよく言うけどさ
葬式の一言で言っても葬儀場や坊さんへ連絡して死亡届がどうこうで
葬式当日の流れ把握して挨拶用意しておいてその上金も払う負担えげつなさすぎやろ
四十九日まではホントに悲しむ時間もないで
喪主の負担、マジでえげつない
喪主の負担って本当に大きいよな。悲しむ間もなく、手続きや段取りに追われるというのは、中々辛い現実だ。
「クソみたいな文化」という言葉も、実体験に基づいているだけに重い。この負担を軽減する現代的な選択肢は、どんどん増えていってほしいものだ。
あと10年後ぐらいにはそんな文化あったなあぐらいになってるんじゃね
正直それでええよ
式は結局体裁やからな
火葬場直行!葬儀の「新時代」到来か?
「あと10年後ぐらいにはそんな文化あったなあぐらいになってるんじゃね」という意見には、時代の移り変わりを感じるな。
実際に「火葬場直行」というケースも増えているようで、イッチも「式は結局体裁やからな」と肯定している。簡素化の流れは、今後も加速していきそうだ。
占い師やカウンセラーと同じやろ
税金納めろよ
www
通夜→葬儀→初七日→月命日→四十九日→初盆→1周忌→3回忌いくらかかると思うよ
坊主が半年に一度?くらい参りに来て5000円払うけどこれも親が亡くなったら終わりかなと思う親も自分が死んだらやらなくていい
自分はやりたいからやってるだけ言ってるな
墓参りもやりたいからやってるだけでもう時代じゃないし死んだら撤去していいよ言われてる
「原価ゼロの戒名」と宗教法人の税金問題
宗教法人への税金や、原価ゼロの戒名で丸儲けという指摘には、多くの人が思うところがあるだろうな。
通夜から3回忌までのフルコースがいったいいくらになるのか…想像しただけで頭が痛くなるぜ。親世代が「自分はやりたいからやっている」と言いつつも、子供には負担をかけたくないという気持ち、わかる。
位揃えるマナーとか経済状況変わった世帯とか辛いと思うわ
「葬式に金かけるやつはバカ」衝撃の言葉と悲しい現実
「葬式に金かけるやつはバカ」…これはストレートな意見だな。
骨を骨壷に入れる際に頭蓋骨がバキバキに壊されたというレスは、読んでいて胸が締め付けられる思いだ。その上で「戒名の足元見てくる」ような状況があるとなると、悲しむ余裕もなく、遺族は理不尽さに直面するわけだ。
同調圧力の権化やね
生臭すぎるやろ
なんでお前が楽しんどんねん
それが意味わからんわ
なんでお前がついてくんねん
お経読み終えたら消えろや
「同調圧力の権化」と生臭坊主の衝撃エピソード
「同調圧力の権化」という言葉、まさに言い得て妙だな。
そして、坊主が酒飲みたいから迎えに来いとか、法事の食事は施主持ちとか…生臭すぎるエピソードには草生えるわwww「お経読み終えたら消えろや」という気持ち、痛いほどわかる。
こういう話を聞くと、宗教への不信感が募るのも無理はない。
親戚と久しぶりに会える機会これくらいしかない
呼ばれた親戚がどう思ってるかは闇やが
御仏前また払うんか😞ってのもある
葬式きっかけでよく会うようになったわ
昔の話とか聞くと面白い
葬儀は「親戚との交流の場」?
葬儀の肯定的な側面として、親戚との交流の機会を挙げるレスもあったな。
確かに、普段なかなか会えない親族が集まる場としては機能する。しかし、呼ばれる側が「また御仏前か…」と思っている可能性も指摘されていて、複雑な心境がうかがえる。昔話に花を咲かせられるなら、それが一番の供養なのかもしれないな。
見栄はるのをやめれば戒名も月命日も墓石も要らなくなります
高級位牌だの戒名なんて要らんし近親者が故人を覚えておけばそれでええ
菩提寺問題って誰かが亡くなってから気付く事が多いのがね
先祖代々って伝家の宝刀振り回されたらこればかりはどうにもならんな
イッチの結論と「菩提寺問題」の深い闇
「先祖代々の供養を質草に檀家から金を毟りとる商売」という表現は強烈だな。
イッチの結論はシンプルで、故人や遺族が望むように弔うのが一番だというものだ。しかし、「菩提寺問題」のように、亡くなってから初めてそのしがらみに気づくというケースが多いのは、本当に闇が深い。この問題は、もっとオープンに話し合われるべきテーマだと強く感じるぜ。
めちゃくちゃケチな親だったから死んでもそれを貫き通したのは感服する
お金も子供に残してくれた?
だったら本当に感服するわ
直葬20万円!「ケチな親」が残した最高の思いやり
直葬で20万円というのは、かなり費用を抑えられたケースだな。
「めちゃくちゃケチな親だったから死んでもそれを貫き通したのは感服する」という言葉には、愛と尊敬が感じられる。子供に負担をかけたくないという親の思いやりが、結果的に「最高の親孝行」になることもあるんだな。
うっすいベニア板みたいなのに魂入ってるとかぜってー嘘やわ
「魂抜き」は嘘?形骸化した儀式への疑問
「仏教徒になったつもりもないのに」というレスは、多くの人が抱えるモヤモヤを代弁しているように感じるな。
「うっすいベニア板みたいなのに魂入ってるとかぜってー嘘やわ」というレスには、思わず「いや、それは草」とツッコんでしまったが、形骸化した儀式への疑問は、今後も大きくなっていきそうだ。
何も無い家は余計な連絡削って費用も最小限にしとけばいいだけやな
「檀家になった時点で負け」?葬儀の費用対効果
「ほんま寺って何やかんや金取られるわ😡」というストレートな怒り、そして「檀家になった時点で負け」という強烈な言葉。
葬儀の必要性について、家の経済状況や人脈によってその価値が変わるという分析は、非常に現実的で納得させられるな。結局のところ、自分たちに合った「弔い」の形を見つけることが大切ってことなんだろう。
【管理人による深掘り解説】
今回のスレッドで喪主のイッチが投げかけた「葬儀文化は不要」という問いは、現代の日本社会が抱える“弔い”の大きな変化を象徴していると感じたぜ。
みんなのコメントにもあったように、葬儀やお墓にかかる費用、そして「しがらみ」や「同調圧力」といった問題は、多くの人にとって決して他人事ではないんだな。
ここで、補足データから得られた公的な情報や社会学的な視点も交えながら、このテーマをもう少し深掘りしてみようか。
データが語る葬儀費用の現実と選択肢
まず、みんなが一番気にするであろう「費用」についてだが、2023年の調査によると、葬儀費用の全国平均総額はなんと約188.9万円だというから驚きだ。これには飲食費や返礼品費用も含まれるとはいえ、かなりの額だよな。
この経済的負担や、価値観の多様化が進む中で、「家族葬」「一日葬」「直葬・火葬式」といった、より簡素で費用を抑えた形式が選ばれるようになっているのは自然な流れだろう。
参考: 葬儀に関するアンケート調査報告書 – 一般財団法人 日本消費者協会 | JCA
「墓じまい」が急増する社会の背景
スレッドでも話題になっていた「墓じまい」の急増は、単に「お金がないから」とか「面倒だから」だけでは片付けられない、もっと根深い社会構造の変化が関係しているんだ。
“家”制度の崩壊と核家族化
昔は「家制度」が当たり前で、長男が代々お墓を守るのが一般的だった。でも、戦後の法改正や、地方から都市への人口流出で核家族化が進んだ結果、「お墓を継ぐのが難しい」という家庭が圧倒的に増えたんだ。
国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、2070年には総人口が8,700万人まで減少し、高齢化率は38.7%に達する見込みだという。
この人口減少と高齢化が、お墓の維持問題を深刻化させ、「墓じまい」を選ばざるを得ない人たちを増やしている最大の要因なんだよな。
参考: 国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(令和5年推計)」
お寺側にも言い分が。「離檀料」の裏にある地方寺院の現実
「墓じまい」を進める上で、よく問題になるのが「離檀料」を巡る菩提寺とのトラブルだ。中には「法外な金額を請求された」なんて話も聞く。
しかし、一方的にお寺だけを悪者にするのは、少し早計かもしれないぜ。NHKの報道によると、檀家制度は寺院の経済的基盤を支える重要な仕組みだが、檀家の減少や高齢化によって、特に地方の寺院ではその維持が困難になっているんだとか。
後継者不足も深刻で、「寺院消滅」の危機に瀕している地域も少なくないというから驚きだ。お寺側からすれば、「離檀料」は、これまでお墓を守ってきたことへの感謝であり、残された無縁仏を永代にわたって供養していくための費用でもあるわけだ。
もちろん悪質なケースもあるが、多くの寺院が存続の危機にあるという実情も、俺たちは知っておくべきだろうな。
お墓じまいとは?費用や流れと3つのトラブル対策 | お仏壇のはせがわ【公式】
まとめ:「終活」とは、未来の世代への“思いやり”
「墓じまい」や「寺との縁切り」という言葉は、伝統を軽んじているように聞こえるかもしれない。でも、その根底にあるのは、「子供や孫の世代に、自分たちと同じ苦労をさせたくない」という、未来への深い思いやりなんだと俺は思う。
自分が元気なうちに、自らのエンディングを考え、準備する「終活」。それは、残される家族への、最大級の愛情表現なのかもしれないぜ。
この解説が、みんながこの難しい問題について話し合う、ささやかなきっかけとなれば幸いだ。
