【古代史ミステリー】卑弥呼が日本の歴史書から消された絶望的な謎

こんにちは、モッコスヌ〜ン編集部です。

日本史最大のミステリーと言っても過言ではない「卑弥呼」。中国の歴史書にはその名が刻まれているのに、なぜか日本の公的な歴史書には一切登場しない……。彼女は一体何者だったのか、そして彼女が治めた邪馬台国はどこにあったのか。

今回は、この古代史の巨大な謎について熱い議論が交わされた模様をお届けします。考古学的な最新知見から、あっと驚く大胆な新説まで、様々な視点から語られる卑弥呼の実像に迫ります。

それでは、古代日本を巡る知的な冒険の始まりです。

1: ID:NXTggpBt04 筆者
中国の書物には登場するが日本の書物には登場しない
2: ID:NXTggpBt04 筆者
ちなみに卑弥呼のイメージは見た目はその辺のオバサン
3: ID:wFpZIxjY01
ジャップの歴史書より父さんの歴史書の方が信用できる
4: ID:N3bBq5bN01
まぁ個人名じゃないだろうな

💡 この話題の背景・ソース概要

卑弥呼と邪馬台国に関する記述は、主に中国の歴史書『魏志倭人伝』に基づいています。日本の『古事記』や『日本書紀』には卑弥呼の名は見当たりません。近年の考古学的な知見では、奈良県の纒向遺跡(まきむくいせき)の発掘調査が注目されています。

橿原考古学研究所の報告によると、纒向遺跡からは3世紀初頭の大型建物跡群が検出され、さらに桃の種が出土しています。この桃の種をC14年代測定にかけたところ、210年〜240年頃という結果が出ており、これはまさに卑弥呼が活躍した時代と一致するとされています。

また、卑弥呼の墓ではないかと目されている箸墓古墳(はしはかこふん)についても議論が続いています。2008年の同研究所の報告では、木槨(もくかく)に使われた木材の炭素年代が3世紀〜4世紀前半の幅を示しており、卑弥呼の没年(3世紀中頃)との関連が指摘されています。しかし、古墳の規模(全長約280m)が『魏志倭人伝』にある「径百歩(約150m)」という記述と一致しないため、確定には至っていません。

5: ID:opYR/exF01
卑弥呼こそ日本人の祖
日本書紀とかの歴史書は天ちゃん家が作らせたもの
イスラエルからきたカド族のトップが天ちゃんでヘブライ語でミ・カドだから天ちゃんをミカドって言う
カド族が中国に寄った時にお世話掛かりをして日本にまでついてきて貴族になった中国人が藤原氏
イスラエル人と中国人が日本を支配して元々の日本の祖の卑弥呼とかの子孫は負けて
歴史の中に埋もれて消えたから天ちゃん側が作った歴史書には載ってないけど
中国の書物には残ってたからそれがわかったし
遺跡からしても存在したことは確実だから日本の歴史書が間違ってることが明らか
34: ID:RquWHxq403
>>5
するどいね

まぁ空白の100年に朝鮮や中国が日本を開拓と虐殺しまくって移住した連中が天皇のフリして日本を牛耳った感じってのが真実だろう
島根の純日本人の祖が祀られている出雲大社に天皇が入れないのもそういうこと

大胆な日ユ同祖論的な展開を見せる中、議論はさらに深まります。ここで、考古学的知見と文献史学を照らし合わせる冷静な分析ニキ(ID:k3PECGOk06)が、大和王権との関連性を指摘します。

リンク:教科書では数行の記述、古代日本「空白の4世紀」をめぐる様々な学説と論争

10: ID:vvm5xdwJ011
姫巫女やぞ
11: ID:iq2CiIzy06
神功皇后
12: ID:1mdW5qMz01
日本の書物といっても一番古い古事記や日本書紀でも卑弥呼が死んでから数百年後に書かれたものだからな
載ってない=実在しないとはならんやろ
14: ID:iq2CiIzy06
人物名ではないやろ
18: ID:GuiFdCCBd1
実は卑弥呼という複数人で構成される議会の名前。そのうちの一人が卑弥呼の弟ですって言って広報やってた
20: ID:NXTggpBt04 筆者
>>18
卑弥呼の弟が政治を仕切ってたらしいな
22: ID:k3PECGOk06 @冷静な分析ニキ(大和王権との関連を重視)
書物研究でも実質的に初代とされたりする崇神天皇が考古学的にはこの前後と類推されている
大和王権の成立時期と近いかもしれない点はもっと注目されていい
23: ID:C0FpMEAfa1
単純にシャーマンとその下の評議会みたいなもんやったんちゃうの
25: ID:Fgxf/PbPM2
変な声説あるよね
今で言うvチューバー
26: ID:jQHyDdHy02
実在したかどうかはともかく、卑弥呼じゃなくて日神子って漢字の方がイメージに近いんだろうなってのは思う
27: ID:BARl4H4u04
大和朝廷と邪馬台国を引っ付けたくてしょうがないんだろうな
29: ID:NXTggpBt04 筆者
そもそも邪馬台国自体がどこにあるのか分からない
30: ID:k3PECGOk06 @冷静な分析ニキ(大和王権との関連を重視)
>>29
わざとボカした説もあるな
国防上の理由かあるいは畿内と北九州の勢力争いか
32: ID:BARl4H4u04
初めに言い放った教授・研究者が後戻りできなくなって歴史が歪められるパターン
35: ID:RquWHxq403
ちなみに三種の神器の一つは中国製だったって話もある

だから絶対に公開できんらしいね

36: ID:vvm5xdwJ011
百襲姫やぞ
42: ID:DMxARwja06 @懐疑的な探求者(細かな違和感に鋭く切り込む)
難升米

↑こいつが語られない理由

43: ID:DMxARwja06 @懐疑的な探求者(細かな違和感に鋭く切り込む)
実際の当時の発音はひみこじゃないらしいな
44: ID:+s/r82W701
邪馬台国の場所はまだ論争は一部にあるが
纒向の巨大遺跡の発見で
当時、すでに関東から中国地方まで支配する勢力が
奈良にあったことは確定している
45: ID:RquWHxq403
ちなみに卑弥呼←っていうクソみたいな当て字は中国のイキリがわざと侮辱的な当て字にした読み方な

いまで例えるなら売国奴の大谷アンチが
大谷翔平をタニシとか読んだりする感じ

46: ID:JYqgYMTw02
漢委奴国王印」自体なぁ
48: ID:DMxARwja06 @懐疑的な探求者(細かな違和感に鋭く切り込む)
>>46
偽物やないん?
49: ID:DVC3GlJN03 @情熱的な異説論者(第三勢力を主張)
四国から纏向に引っ越しで四国に邪馬台国があったと考えるのが妥当
機内と九州じゃ永遠に白黒つかないからもう四国にしとけよ
53: ID:BARl4H4u04
その時期大和朝廷は崇神天皇だからな
中国からは九州までしか見えてないはず
57: ID:DVC3GlJN03 @情熱的な異説論者(第三勢力を主張)
四国のどこってそら阿波やろ
機内と九州のどっちかで決まりって状況がまずおかしい
声がデカイ奴らが勝つ学問ならそんなもんやめてまえよ
60: ID:ncTHEAZi01
卑弥呼を否定したらお前らの大好きな三国志の劉備諸葛亮も否定する事になる
65: ID:jwVe+yrL01
魏「姫巫女…?うーん、卑弥呼でw
66: ID:tr1ZKpiyd1
魏都の洛陽まで使者が至ってるから卑弥呼という存在があったのは事実やろ
ただし「ひみこ」というのは固有人物名ではなくある立場の呼び名やと思う
71: ID:MMH/P/IB01
九州人のせいでややこしくなってもう架空の存在でいいのでは?となりだしてるところ
72: ID:bKLhwNU301
文字がないのに書物が残ってるわけない
75: ID:DVC3GlJN03 @情熱的な異説論者(第三勢力を主張)
九州説のを支持する研究者に「纏向から金印がでてきたら九州説を諦めますか?」と質問をした奴がいる
研究者は「もし金印が見つかってもそれは九州から強奪したものじゃないの?」と答えた
邪馬台国論争なんてこういう低いレベルで絶対に決着つかないんよ
纏向掘ってる奴も「何が出ても決着はつかない」って言ってる
78: ID:ZiYZlctp01
敵対してた狗奴国の王が卑弥弓呼
似てるんだが…
80: ID:TO15rvDD01
あんまり関係ないけど奈良で見つかったクソデカ蛇行剣はかっこいいよな
85: ID:CA2U0Nqm01
卑弥呼の次の次の王が台与っていう女王なんだよな
86: ID:b3nnr1LX01
九州の地名しか出て来ないんだから九州と考えるのが一番自然
87: ID:DMxARwja06 @懐疑的な探求者(細かな違和感に鋭く切り込む)
ヤマトなら奈良やん

いかがでしたでしょうか。

卑弥呼の正体については、神功皇后説や倭迹迹日百襲姫説といった古典的なものから、VTuber的な演出説まで、実に多様な視点が飛び出しました。

邪馬台国の所在地についても、王道の畿内説九州説に加え、情熱的な四国説も登場し、議論は白熱。どの説も一長一短があり、決定打には欠けるものの、古代史ファンを惹きつけてやまない魅力があることが再確認できました。

コメント欄では、皆さんの独自の考察や、どの説を支持するかなどもぜひお聞かせください!

🏛️ 畿内説 vs 九州説の出口なき泥沼論争

邪馬台国の所在地を巡る論争は、日本史における最も有名な対立の一つです。情報元:

魏志倭人伝の距離・方向矛盾に対し、連続説と放射説が対立し、畿内説支持者は測量誤差や時計回り90度ずれを主張

引用元ソース

畿内説支持派(寺澤薫氏ら)は纒向遺跡の大型建物Dを卑弥呼居館とし、九州説支持派は魏志倭人伝の距離から九州を主張、対立点は方向記述の解釈にある

引用元ソース

「卑弥呼=天照大神」説や「卑弥呼=神功皇后」説は神話と史実の混同として現代歴史学で否定され、卑弥呼は巫女的女王として位置づけられる

引用元ソース

を基に、それぞれの主張と専門家の見解をまとめました。

畿内説(大和説)の主張

纒向遺跡の発見により、近年勢いを増している学説です。専門家の寺澤薫氏らは、纒向遺跡にある3世紀庄内3式期に廃絶された「大型建物D」を、卑弥呼の居館であったと推定しています。

九州説の主張

古くからの有力説であり、『魏志倭人伝』に記された距離記述を重視すると、邪馬台国は九州北部にあったと解釈するのが自然であると主張します。対立の最大のポイントは、前述の通り方向記述の解釈にあります。

専門家の見解と「正体」論

かつて唱えられた「卑弥呼=天照大神」説や「卑弥呼=神功皇后」説といった、記紀神話の登場人物と結びつける学説は、神話と史実の混同として現代の歴史学では否定されています。

現在では、卑弥呼は政治的な実権を持つというよりは、鬼道(きどう)を事とし、衆を惑わしたとされる「巫女的女王」としての位置づけが一般的です。

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