
食を通じた相互理解――一見すると素晴らしいコンセプトのイベントが、インターネットの片隅で激しい議論の火種となりました。果たして「多文化共生」は、理想通りに進むのでしょうか?
【前提知識】多文化共生プロジェクトの背景
札幌大学が主催した多文化共生プロジェクト「となりのムスリム 食べたら友だち」は、ムスリムと地域住民、行政、学生が食を通じて交流し、相互理解を深めることを目的として開催されました。このイベントでは、ハラール対応の料理を共に調理し、イスラム文化に関するクイズや、ムスリムが日常生活で感じる困りごとの共有などが行われ、参加者からは文化や生活習慣への理解が深まったとの声が聞かれました。
「食べたら友だち」の裏側で囁かれる疑念
札幌大学において、多文化共生プロジェクト「となりのムスリム 食べたら友だち」を開催しました。本イベントは、ムスリムの方々と地域住民、行政、学生が食を通じて交流し、相互理解を深めることを目的に実施したものです。略
参加者の声
〈地域住民〉
「ムスリムの文化や生活習慣を知らなかったけれど、体験を通して理解が深まりました。和食もハラール対応できると知り、驚きました。学生がつなぎ役となってくれたおかげで、普段できない経験ができました。このような交流の場をもっと増やしてほしいです。」〈ムスリムの方々〉
「普段はコミュニティ以外での交流が少なかったが、学生や地域の人たちと関われてうれしかった。」
「学生が私たちを理解しようとして、このような場をつくってくれたことがありがたい。」
「ムスリムだからではなく、一人の友だちとして一緒に料理をつくることができ、その気持ちが温かく心に残った。」〈学生〉
「自分から動けば、つながりが生まれると実感できた。」 「属性ではなく、名前でつながることの大切さに気づいた。」 「相手の立場を体験することで、価値観が広がった。地域や行政と協働し、共生に向けて自分にもできることがあると感じた。」以下略
https://www.sapporo-u.ac.jp/news/contribution/2025/12154530.html
なるほど
無駄な大学こそ潰すべきだよな
スレッドは開始早々、イベントの美辞麗句とは裏腹に、その真意を疑うような辛辣な意見が飛び交います。「多文化共生」という言葉の裏に、別の意図があるのではないかという根深い不信感が感じられます。
「郷に従え」か「押し付け」か?文化摩擦の核心
イスラムは婚外交渉は禁止
イスラムの風俗店は入店したら
嬢と結婚して、ことをいたして
店を出る時に離婚するシステム
どこの社会もよく考えられてるなあ
他文化強制なんだから当然やるよな
犬肉の旨さをチョッパリに教えてやるニダ
アイツら1㍉も譲歩しないから、こっちが侵略されるだけ
なんの為に国が単位になってると思ってんだ
「共生」という言葉が持つ、本来の相互理解という側面が揺らぎ始めます。イスラム文化の特殊性、特に食習慣や女性の服装に関する要求が、日本側への「押し付け」ではないかという疑念が募り、スレッドは文化摩擦の核心へと切り込んでいきます。
外交と安全保障、そして土葬問題:広がる論点
人口3億東南アジアはインドネシア、マレーシア、ブルネイとイスラム教徒が人口の半分くらい
日本にとってASEAN諸国との友好関係は安全保障上も必須
イスラムヘイトまき散らして、日本との外交関係悪化させようとしてるのは
中韓の工作員やろ
住まわせてくださいってアイツら仁義きってきたのか?
共生ってほざくなら、ムスリムにも豚肉食わせろよ
バカなんだから黙ってろゴミカス
議論は外交問題や安全保障、さらには文化財の保護といった広範な領域にまで及びます。多文化共生という理念が、具体的な社会問題と結びついた時、その複雑さが浮き彫りになる瞬間です。
「矯正」されるのはどちらか?ハラールと信仰の深層
乗っ取られるだけ
頭イカれ過ぎじゃない?
乗っ取り◯
なんでイスラムだけ特別待遇なんだよ
「多文化共生」が「他文化強制」あるいは「文化の押し売り」と解釈されるに至る背景には、イスラム教徒の信仰における厳格さや、改宗・脱退に関する重い制約への懸念が強く影響しているようです。墓地の問題は、具体的な生活空間における文化衝突の象徴と言えるでしょう。
日本文化と宗教:食と信仰の根源的問い
共生なんて出来ないよ
お前らが豚肉食わないのは勝手だけど
公共の福祉に反する土葬はダメです
σ(゚∀゚ )オレの爺ちゃんは土葬だったぞ昭和天皇も土葬
日本の伝統は土葬
イスラムヘイト中韓工作員はウソとデマしか言わない
特別な例を除いて条例で禁止されてるんだよ!
息を吐くように嘘をつくな
強制ね
たまにはイスラム教徒が豚肉食って酒飲むイベントもやろうよ
日本人は仏教徒なのに肉食って酒飲むのか?
食って飲むよ
出家してないし出家してても飲み食いする坊主いるし何が問題?
日本人のほとんどは神道です
神道も肉アウトで土葬や
神道は肉食自体は禁止してないよ
でも殺生してるよね
全然してないよ
どっからそんな嘘を聞いたの?
イルカやクジラ殺して食ってるよね
イノシシや鹿、うさぎからイナゴまで
何でも食べるよ
殺生って言葉自体が神道では用いないよ
それ仏教の不殺生戒から来てる言葉だよ
神道は天照大御神が瓊瓊杵命に稲穂を持たせて神州日本に天孫降臨させて以来、豊葦原瑞穂国の民を瑞穂とともに増やしなさい
ってのだけが神勅だよ
「土葬」や「肉食」「飲酒」といった具体的習慣の議論は、日本人の宗教観や伝統的な生活様式にまで及び、多文化共生がいかに根源的な問いを突きつけるかを浮き彫りにします。仏教と神道、そして現代日本の食文化の混淆が、イスラム教の厳格な教義との間でどのような摩擦を生むのか、深く考えさせられます。
ハラール認証の現実と「閉鎖性」批判
実際のハラルは専用の調理器具に調理場とイスラム教徒の料理人を用意しないといけない上に
それらを認定するハラル協会は複数あってそれぞれの協会のバックに国際イスラム組織やイスラム諸国がケツ持ちして縄張り争いしてるから
仮に一つのハラル協会に認定を受けても他の協会がイチャモン付けてくるから結局複数の協会にみかじめ料を払わないといけなくなる
日本のイスラム教徒はまだ数少ないから欧米と比べたら比較的大人しいが数が増えたら間違いなくハラル利権を作るために大暴れするぞ
そこまで厳密にやってるとこないし
一部以外そんなこと求めてない
なんちゃってハラル出してる店や食堂でも普通に食べてる
マジでそんなこと求めてるなら本国以外の外国にいるイスラム教徒は既に飢え死にしている
イスラムとの関係っていつもイスラム側が受け入れるとかない気がする
大事なことよな
一方だけが譲歩する関係を歩み寄りとは言わないからね
ハラール認証の複雑さと、それに伴う利権構造への懸念は、多文化共生が経済的・政治的側面を持つことを示唆しています。また、ムスリムコミュニティの「閉鎖性」への指摘は、相互理解の前提であるはずの「開かれた交流」が、実際には一方的なものになっているのではないかという問いを投げかけます。
グローバル社会の矛盾:移民、憲法、そして「和」
お互いにそこは干渉せずにやるのが一番いい
不都合が起きた場合はその国(ここでいうなら日本の)のやり方に従うべき
「君たちがこの地球の風俗・習慣になじみ、 地球の法律を守るならば、 それも不可能なことではない」
イギリスなんかいい例で、直近で子供につけた名前で一番多かったのが『ムハンマド』らしいからな
気持ち悪い世界見ろ世界!!
割礼とかヤバいもんね
でも多文化主義とかいうカベがあるのでフェミは文句言えないのだ
不思議だよな。
つまりイスラム教徒たちは日本人は全員地獄行きと思って日本に住んでいる
一度イスラム教に入信したら、脱退したら死刑とか
冗談でも入信したらダメやわ
日本だからそれが適用される事は無いけど、
変なムスリムに命狙われる可能性はあるよね
コーラン翻訳した大学教授が日本で殺害されて犯人捕まってないし
てめえの文化圏でやれよ
和を尊重する日本国内には不要だ 本当に不要だ
イスラムの連中は戦争・紛争ばかりしているじゃねえか バカ野郎
これに書かれている価値観だけが全てでそれ以外は認めない宗教がイスラムだと知らないとこんな真似はしない
スレッドは、移民問題、憲法の原則、そして日本社会が長年培ってきた「和」の精神へと、その射程を広げます。文化の違いだけでなく、宗教的な教義がもたらす社会的な影響、特に人権や自由、既存の法体系との衝突の可能性にまで言及され、この問題がいかに根深く、多層的であるかを浮き彫りにしています。
【深堀り!知的好奇心】日本におけるムスリムとの共生の現実
日本における多文化共生の課題は、ムスリムの生活習慣や宗教的要請への対応に深く根差しています。特に「ハラール認証」と「土葬」の問題は、文化的・宗教的規範と日本の社会インフラが衝突する典型例と言えるでしょう。
複雑化するハラール認証
ハラール認証は単に豚肉やアルコールを含まないだけでなく、食材の調達から加工、流通、保管、輸送に至るまで、サプライチェーン全体のハラール性を確保する必要があります。これは専門知識や設備、管理体制の整備に多大な費用と時間を要します。 日本国内には複数のハラール認証団体が存在し、認証基準が異なるため、国際的に一貫した認証取得が難しいという実情もあります。 この複雑さが、多文化共生プロジェクトにおける「食」を通じた理解を困難にさせている一因と考えられます。
日本社会が直面する土葬の壁
ムスリムにとって、教義上不可欠とされる土葬は、火葬が99%を占める日本社会において極めて大きな課題です。日本では土葬自体が法律で禁止されているわけではありませんが、限られた国土や公衆衛生の観点から、新たな土葬墓地の建設は住民の強い反対に遭うケースが多く、計画が頓挫する事例が各地で発生しています。 ムスリムは死後の復活のために身体が必要であり、火葬は地獄の業火で焼かれるような痛みをもたらすと信じているため、土葬以外の埋葬方法を選ぶことができません。
イスラム法では、遺体を清め(グルスル)、白い布で包み(カファン)、礼拝(ジャナーザ)の後に土葬することが定められています。この一連の儀式は、故人への敬意と、来世への準備において非常に重要視されています。
一方、日本の地方自治体や市民の間には、イスラム文化や宗教への理解が不足しており、「郷に入れば郷に従え」という意見が根強く存在します。 在日ムスリム人口は増加傾向にあり、彼らが信仰に基づいた形で終活を行うための環境整備は、日本の多文化共生社会の試金石として、国レベルでの明確な方針決定が喫緊の課題となっています。
この問題は、単なる宗教的習慣の受け入れに留まらず、土地利用、公衆衛生、そして何よりも異なる文化を持つ人々との共存という、日本社会がこれまで経験してこなかった複合的な課題を突きつけていると言えるでしょう。